「音韻」について
詞「音韻」は、第1義である「発話/SPEECHされた音声/VOICEの、言語音としての/LINGUISTIC、心へのひびきかた/SOUND PROPERTY」として日中において一般に使われている*1 この発話には中国語では説話・言・叫などが使われ、説/SPEAK、話/WORDS、語/LANGUAGE、言/TONGUE(説・話・語の上位概念)、叫/CALL&YELLとの基本的な対応がある またここでは音声≙声道音/VOCAL TRACT SOUNDとする
音韻の「韻」は「韻文」「那智滝の韻(ひび)き」「竹韻(竹林が風にそよぐ様子全般)」「冬韻/WINTER RHYME(冬のもつ感覚効果の全般とくに景色)」「飛鳥仏の神韻(神々しい権威の発揮)」「唐朝的韵味/唐代の風味・趣(鑑賞・思慕の対象が余韻を放つ)」の様に、事物つまり物体・現象・思考対象等の各々がもっている心への和諧/HARMONIZE作用としてのひびきかたにより、情動・審美の心が印象/IMPRESSION・MENTAL IMAGEとして各々和諧的共鳴的に反響する・鳴ること/EMOTIONAL TIMBRE*14、つまり事物の有する情動効果・審美効果への固有特性につかわれる詞である また中国では「発話音声の言語音としてのひびきかた」のほかに、鉄観音茶の果実香味の独特な喉ごしをさす詞でもあり*16、例えば武夷岩茶なら「岩韻(岩骨花香味の喉ごし)」など、飲茶要素における滋味と咽喉と心が和諧する味嗅覚認知的な喉のひびきかた「喉韻」の相異/VARIATIONを「~韻」と名づけた例である(この場合にはひびきを発する事物は茶ではなく感覚器官としての喉となり喉韻であって茶韻でない点に注意する)
言語学におけるPHONOLOGYの分野(定義の1は人類発話音の構造とパタン系統の考究*2 別の定義の1は1つの言語共同体で相互理解の目的で使われている音的記号の考究*3)では、文学・日本語学(国語学)・言語学・音声学等からなる学術領域における歴史的経緯もふまえ、「言語学上音韻」と言い換えできる詞義にて「発話音声の言語音としてのひびき」との第1義から引伸して造られた学術用語「音韻」と、PHONOLOGYの訳語としての「音韻論」(「PHONO-」は科学において音響波(中国語で声音)/ACOUSTIC WAVE≜機械振動進行波/MECHANICAL VIBRATION TRAVELING WAVEをさす)と、が使われている(*4-5)
ひろく音声の音響物理的ひびきと、また別にひろく発話音の生産/SPEECH-SOUNDS PRODUCTIONにかかわる諸現象と、内心に形成される心理的な発話意図/UTTERANCE*6と、に関連する音声言語現象の全体から抽出/DETECT・模擬/SIMULATEしうる各種の言語要素において、発話行為の音論に属する「PHONETICS学」的言語要素の1である物理現象的なPHONEという発話操作単位(人類共通とみなせる発音方法の類型への広い合意にもとづいたアルファベット水準での経験的記法に沿わせた発話音時間分節単位を基本的には指す*2)を考究してきた学史に対向して、言語構成体の音論に属する「PHONOLOGY学」的言語要素の1でありその分類論が社会共有されているとみなせる抽象原理としてのPHONEMEという思考操作単位(哲学分野での草創期の構造主義を意識した現象系統における断片/FRAGMENTのとらえかた)をあたらしく立てこれを考究することが、19世紀晩期から言語学 – PHONOLOGYの近代手法として導入され様々に展開してきた*3
これにより、物理現象としてのPHONEを解析する旧来の分類論の考察のみでは解けなかった音声言語の学術課題(EG. 特定条件下での言語的相異・系統的音変化/SYSTEMATIC SOUND CHANGEといった分類越境・再構成、比較法/COMPARATIVE METHODやその他の未知推測/INFERENCEをふくむ現象解析、社会における言語生成の原理究明など)に対して、発話意図により内的に形成されたもの(たとえば音素列で代理されるとみなす模擬記号)とそれに対応して外発された発話音現象における発話操作単位の分配・重畳などの構造を決める組織原理面や、音素・発話音にも制約されない言語構成原理面などからの拡張的・効果的な考究ができるようになり現在まで発展・分岐してきた
PHONEMEは、別々の発話音系統間においても発話行為の音論であるPHONE分類論の主観的類似関係を代理的に利用して適当に共有すれば、その同意の前提・範囲のもとで、言語構成体の音論であるPHONEME分類論をもちいた共同の議論が十分有効的ににすすめられるといった性格のものである 日本語に対しては断りがなければローマ字表記の水準にもとづいて母音・子音を別にあつかうPHONEME/音素(アルファベット水準音素)をもちいて議論をするとの同意が現在までに形成されている 言語要素の操作単位がこのPHONEMEの組である「音節水準音素」(旧来にはこれを日本語における「音韻」とよびPHONEMEの対訳と観念しながら扱うことが多くPHONEMEの対象がアルファベット水準か音節水準かについて齟齬の1がうまれていた)であるとしても、PHONEMEの対象は言語種によらず欧米言語や慣用発音記号にもあわせる意図もあり母子音別の「アルファベット水準音素」をさして議論にもちいている
またPHONOLOGY学においてあつかいうる「言語要素」は、時間分節・単位配列性・発話音系統の社会的共有が必須要件というわけではなく、またこれを内心的な神経言語的認知/NEUROLINGUISTIC COGNITIONの指標/INDICATORとみる生理的アプローチとすることもできる さらにはPHONEMEとはさらに別の単位を立ててもよく(EG.生成言語断片を操作単位として都度評価により言語を順次に構成するプロセス)、またさらには「単位/UNIT」を操作して言語を構成する類の言語要素である必要もない(EG.通達コンセプトをなんらか符号化して通用言語則を満たした発話意図と相互変換するような従来単位によらない方法の探求)などと拡張的にとらえる余地がある
課題として、黎明期のPHONOLOGYにおけるPHONEMEの訳出には当初から様々な議論があった(*7-8) 特に詞「(言語学上)音韻」は、一般的に受けとられている現在のPHONEMEの対訳つまり「音素」だけでなく、SYLLABLE単位を直接さす(音素の組が日本語としての言語構成体の発話音分類観念の単位である音節をさすからこれを音韻の対象とする)としたり、調子を音韻に含めない(記法としての声・韻・調の3従属要素から調子部分をはぶいたものを要素注出的に指す場合で、中国語でも「声韻」として独立にあつかわれるものを日本語でさらに音韻と改名し追加した例か)などと限定したり、音声言語における言語要素全体/PHONOLOGICAL MATTERをも同時にさす多義詞としたり、とそれぞれの説は意味がとおるのだが結局の詞義が学術的にまとまらず放置される経緯が長くつづいてきた 金田一『国語音韻論』(1935)*9は言語学の新しい枝分野としてのHOSTORICAL PHONOLOGYをひろく国内に紹介した書であるが、詞「音韻」の扱いは、序および1章において旧来の音韻学への接続として(1)ことばがそれとわかる様にひびく現象と(2)個別の発話音それ自身をさして用いており、第3章以降に(3)PHONEME(言語学的操作子の1)の対訳として、“音声経験に基づいて心的に構成されている音声観念、即、音韻[/PHONEME]を形式とする伝統的心的記号の体系が国々にあって国語を成している”(金田一1963)との定義を立てて発話音に対して人が反応する内的な認知標識としての「(言語学的)音韻」を追加し、「(1)-(3)のどれも音韻と言って通じる」状態を指向すれば(便利でわかりやすいから)よいとの「これも音韻あれも音韻」案を推進する立場を出している また学史においては、PHONEME・PHONEのそれぞれの訳出を、現在通用の音素・音価以外にも文法学声価・声音学声価としたり*10、現在中国語ではそれぞれを音位・音子と訳出する例もある さらに北京大の教科書例*11では任意の局所方言点における言語学的な音系(中国語の「語音系統」より短縮 和訳の発話音系統に対応)の発話音作用最小要素の訳語を伝統的なPHONEME/音位(同じく「語音単位」より)とし、音声学的な発話音最小要素をPHONE/音素(同じく「語音因素」より 和訳とは逆転混乱している例)と訳して、PHONEMEはPHONEに時間分節的に1対1対応する操作子として扱うことに書中では限定しており、これは言語学的分析において現在では入門方便的であり制約的である 現在中国語訳にあらわれるPHONOLOGY/音系学は、PHONEMEの解析が研究の花形だった構造主義胎動期には現在日本訳と命名法が似た「音位学」と呼称されていた(PHONEME/音位をあつかう学だからPHONOLOGY/音位学でいいとの部分は金田一論理と同じ)が学述的経緯から改名が必要となったという事情もある
いまなお、PHONOLOGY/音韻論、PHONEME/音素、PHONE/音価、とあてている日本語対訳の妥当性、および詞「音韻」の詞義・扱いについては、初学者・非当事者にとっても、抽象指標と物理現象との詳細関係がつかめない、(学派として)PHONEMEをPHONEの別水準分類と扱うのみ(EG.別解像度であらわす物理現象としての粗分類/BROAD DESCRIPTIONを単にさしPHONEの定義と本質的に同じと扱う用例が多い またPHONEの局所的・機会的な分類相異や複数PHONE分類の物理現象上グルーピングをさすだけにもちいる これらは音声連続からの科学技術的な言語分析・会話成立確認が困難な学術水準であったことを背景*15に、単にPHONEMEをPHONEのグループ分けが言語グループ毎に異なることの音響的な例示としか論拠できなかった過去経緯を引きずっている)であって、PHONEMEとPHONOLOGYがそれぞれ学術別領域における音声言語要素である点をうまく扱っておらず結局は音声学の話題に終始する用例が多い、また学術語の国内移行史(詞義のすり合わせや改変)の事情が整理されておらずよくわからない、など肝心な部分が不明瞭で、かつ時代的・属人的にも大きく揺らぎがあり、議論上の誤解・発散を誘引しやすいとの課題が根深く存在している*8
また「音韻」に相当する外国語としての詞語・フレーズは、PHONEMEを除けば、英語圏では言語学の副分野としての「PHONOLOGY」と、音声言語現象から抽出できる各種言語要素をまとめた上位概念を指す「PHONOLOGICAL~」と、においてもっぱら現れ*12、PHONEME/音素と対訳を決めてしまえば、学術的個別概念の詞語・フレーズとしての「(言語学上)音韻」の対応語句を不要として例えば単に(発話の)「音/SOUND」と表してすむ場合が大半であることもこの課題の解決に皆が無作為である原因になっている
これら課題を多少とも是正することを期待して、以下の既出学説の組を規範として選びだし、その一部には工夫を加えて、記事・話題におけるガイドラインを制作した:
●PHONEMEの訳は常に「音素」としてここに対する「音韻」訳は今後の議論につかわない 音系統/SOUND SYSTEMは旧来の音韻系統/PHONOLOGICAL SYSTEM(OF COMMUNITY)としたままでも問題ない これにより、過去にPHONEMEもPHONOLOGICAL MATTERもどちらも音韻と訳した誤謬を1つ解決 音韻つまり人の発話音パタン系統には音価の側面と音素の側面があり、音系統とは音価の系統も音素の系統もそれぞれ別視点で内在された概念であるとの立場(Akmajian『言語学』4章結論を参照*2)
●言語学的な意味でのPHONEの訳は「音価」とする
●詞「音韻」の使用を以下の条件のいずれかに制限することで、議論上の混乱・遅滞を積極回避する:
― 発話された音声の、言語音としての物理的ひびきとの第1義でつかう「音韻」
― 音声・発話音・音価・音素・非分節言語要素・言語リズム要素・言語化コンセプト始源要素・実言語変換構成機序要素・発声運動要素など、音声言語に関連する諸現象から抽出できる各種の物理的・心理的言語要素をまとめた上位概念である「音韻」(~PHONOLOGICAL MATTER)、またそれを対象にする言語学の枝分野としての「音韻論/PHONOLOGY」
― 古代書面語において、各時代における読音やその相異・分配状況・通時変化(脱落・縮約・転換・簡易化・明瞭化など、発話音系統での音価・音素マッピングの変化やその他の孤立変化)を推測するなど、各時代に各地域・各集団で共有された誦読音や口述音の発話音系統を、音価・音素などの言語要素をつかって、韻文や発話音海外翻訳文、また近代手法などから科学的に研究する「(歴史)音韻学」(=HISTORICAL PHONOLOGY)
― 詞「音韻」をつかうとき、これを「(LINGUISTIC)SOUND」と言い換えて自然なら、誤解を避けるためつとめて「発話音/SOUND」とする これを「PHONOLOGICAL MATTER」と言い換えて自然なら、直上3項いずれかに定義した意味としての「音韻」をつかう どちらでもなければ「音韻」それ自身について述べていないと一次判断して別の適語を再度さがしてみる
参照
1李思敬(慶谷寿信・佐藤進訳注)『音韻のはなし』(光生館1987、訳注に定評、初版正誤表、大学図書館でみつかる、原著はコンパクト書の『音韵』「汉语知识丛书」シリーズ、商务印书馆1985(重印版2001、ISBN978-7100030489))
2Akmajian, A.(アリゾナ大)他『Linguistics』(5 ed., MIT Press. 2001)
3トゥルベツコイ『音韻論の原理』(岩波1980、原著1958)
4風間他『言語学第2版』(東大出版会2004)
5商務印書館&英オクスフォード大『OXFORD ADVANCED LEARNER’S ENGLISH-CHINESE DICTIONARY』(7ED-3RD、2009)
6キャットフォード『実践音声学入門』(2版、大修館2001、対応原著はCATFORD『A PRACTICAL INTRODUCTION TO PHONETICS』(OXFORD U.P.1988))
7高山倫明EP(九大)『日本語学大辞典 – 「音韻史」条 – 概念項』(東京堂2018、P91)
8阿久津『音韻と日本語学習』(拓殖大逐刊2018、リンク先機関リポジトリにPDF1MBあり:https://cir.nii.ac.jp/crid/1050564289020369792)
9金田一京助『増補 国語音韻論』(1935・1963)
10松下大三郎『標準日本文法』(紀元社1924)
11『语源学纲要 修订版』(4版、北京大学出版社2010)
12Pinker『Harvard’s Steven Pinker: how we speak reveals what we think』(文字起こしつき本人出演ビデオ50分、BIGTHINK誌2012、参照2024-10-26:https://bigthink.com/videos/how-we-speak-reveals-how-we-think-with-steven-pinker/)
13Akmajian, A. et al.『Linguistics』(5ED、MIT Press2001)
14LIU『Emotional Connotations of Musical Instrument Timbre in Comparison With Emotional Speech Prosody Evidence From Acoustics and Event-Related Potentials』(Frontiers in Psy.2018、リンク先にPDF2MBあり:https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2018.00737/full)
15服部『新版 音韻論と正書法』(大修館1990)
16阮『中国茶芸』(山東科学技術出版社)
(変更 2024-11-12)
ピンバック: IPA音声記号により声道音を符号化することを工学的に表現してみる – ティー・フォー・ハーツ
ピンバック: IPA音声記号により声道音を符号化することを工学的に表現してみる ― ENGINEERING EXPRESSION OF IPA PHONETIC ALPHABET FOR ENCODING VOCAL TRACT SOUND – TEA FOR R2
ピンバック: 語:詩・歌・曲・謡・咏・唱・誦・念・賦・文・詞・辞・諺・節・楽・韻・律・調の中国新華字典におけるつかいわけ – ティー・フォー・ハーツ