中国我詞典

語:詩・歌・曲・謡・咏・唱・誦・念・腔・賦・文・詞・辞・諺・節・楽・韻・律・調の中国新華字典におけるつかいわけ

1、目的と資料範囲 
詩歌・音楽・音声まわりで題記用語を適切につかいわけるために、中国語を重視してこれら用語をまとめておき、つかいわけの総合的判断へつなげる参照資料の1とする 極力『新華字典』*1での注解内にて参照関係を閉じたが、不足分は『OXFORD ADVANCED LEARNER’S ENGLISH-CHINESE DICTIONARY(以下OALD)』*2・『現代漢語詞典』*3などに頼った 追加的に一部用語について筆者解釈とそれを拡張した考察とを付した

2、凡例
・「見出し語」(異体字)PINYIN:漢字字形は対応日本漢字に、語義は日本語でわかる文にした
・新華(#1-)#2:『新華字典』での#1異音字配列番号、#2字義項番号
・=見出し語(#1-)#2:同上規範にて同義語での字義項番号をさす
・%:通用規範異体字プレフィクス(通用の新字形繁体字や非通用字でない)
・/:同義の語文を併記(EG.日英語への試訳、やさしく言い換えた説明)

3、用語まとめ
「詩」SHI1
・歌咏朗誦できる文体の1(新華1) /POETRY
― 歌咏は唱、朗は明瞭、誦は述説、文は書面をさす 同韻語を詩文(詩歌と文辞)に分配する韻文が多用される
― 体は作品的体裁*1(=様式/STYLE)をさし、文体論(=風格学)が学術分野としてのSTYLISTICS*2 に対応する
― 典故:『尚書 – 虞書 – 舜典篇』(祖本はC.~BCE5TH成書か)「詩言志、歌永言、声依永、律和声、八音克諧[…]」
― 典故の解釈:意思や抒情などの心思(以上が「志」をさす)を言語として表出したものが「詩」の原義である*4 以下、詩歌を構成する歌・声・律について関連説明がつづく 永は咏と通じ唱をさす また声・律はここでは歌のスケール・チューニングをあわせる5声・12律の音楽用語をさす また和は和諧/HARMONYをさす
― 考察:これら周波数軸の和諧だけでなく「声」を言語音のひびきとみて、律を詩歌のリズム的なきまり(繰り返しパタン)とみれば、時間軸における言語音とリズムのつくりだす和諧作用、つまり詩文の韻律構造(格式・押韻・プロソディの3要素)を構成する分節群などの言語・音楽要素にも、この典故の文義を拡張できる
― 音楽用語の注記:5声は宮・商・角・徵・羽の名がついた音程/INTERVAL名を指す(民謡メロディが依ってめぐるペンタトニックスケール:I・長II・長III・完全V・増VI度の各名に対応 スケール/SCALEは音階(音程の階段)のこと) 12律は歌を和諧させるための調律音の組み合わせをさし、笛サイズをきまり(律)とした基本12ピッチ(=音高、6律6呂あわせて)に中国古代名がつきオクターブ表記法とあわせ用いていた

「歌(・~ㄦ)」(%謌)GE1
・歌唱できる文辞(文詞とも)(新華1)/LYRICS(歌詞)(=曲2-1)
・音律発声する(新華2)/SING(歌う)・SONG(歌)(=唱1)
― 音律発声は12律の音符/NOTEをもちいて歌唱すること 「音律」は12律や平均律でピッチが定義された周波数軸での音のきまり(律)であり「楽律」とも同義*3
― 『OALD』を参照して「歌」の語義に文辞が音律発声される現象としての「SONG」を追加した

「曲(・~子・~ㄦ)」QU1・QU3(新華2-3のみ異音字になる)
・歌唱できる文辞(新華2-1) /LYRICS
・歌の楽調(新華2-2) /MELODY OF SINGING(歌唱のメロディ)
― 解釈:「楽調」とは楽器音高にあわせた楽曲の調子(=腔2)をさし「曲調」とともにメロディと同義とみなす 「楽調」は歌曲・楽曲・戯曲などの音楽的な全体雰囲気とも解釈できるが、常用の用例*3から楽譜にできるメロディ自身をさすとした 下の「旋律」・「調」条も参照
・元曲(新華2-3) /POETRY IN YUAN DYNASTY STYLE

「謡」YAO2
・無伴奏で韻文を随口唱出する(新華1) /A CAPPELLA SINGING(アカペラ歌唱)
― 用例:童謡、民謡
― 解釈:随口唱出はここの用例・典故から歌唱と同義とみなす
― 典故:『詩経(毛伝)』(C.~BCE2ND)「曲合楽曰歌、徒歌曰謡」
― 典故の解釈:徒歌とは「曲合楽」に対する無伴奏の歌唱をさす

「咏」(%詠)YONG3
・声調を抑揚して念ずる、または歌唱する(新華1)/PERFORM INTONED RECITATION, OR SINGING
― 「声調」は言語学上の「トーン」・「イントネーション」と同義 下の「声調」・「語調」条を参照
― 咏と誦にはそれぞれ声調と腔調をあてる辞書上のつかいわけがある 下の「誦」・「腔調」条との比較必要
・詩詞を叙述する(新華2)/COMPOSE(制作する)
― 「叙述」は随口述説(口述)と書記表出(記述)とをあわせてさす*3
― 用例:詩を咏ずる、咏歌

「唱」CHANG4
・音律発声する(新華1) /SING・SONG
― 音楽としての歌唱をさす 「歌」条を参照
― 第1声で大きく歌唱・朗誦してからの複数他者による「後続歌唱・復誦」を日中とも唱和というが、単に「(抑揚をつけて)話す」との義での唱は新華字典には載らない
― 日本では「複数同時朗誦」をもさしうる唱和は、中国では複数同時歌唱(合唱・斉唱)と、複数で詩歌をよみあうことと、上の後続歌唱・復誦との語義になるようだ*3

「誦」SONG4
・腔調を抑揚して念じる(新華1)/PERFORM ACCENTED RECITATION
― 腔調と語調とは新華字典上は同義のあつかい 下の「腔」・「語調」条を参照
・記憶読出する(新華2)/SPEAK FROM MEMORY
・述説する(新華3)/SPEAK

「念」(%唸)NIAN4
・誦読する(新華3) /RECITE (READ & SPEAK)
― (聴衆にむけ)文面を読みあげることをさす
― 用例:詩・文を聴者にむけ念じる、教師が例文を念じ生徒が復誦する、節を聴衆にむけ唸(うな)る
― 考察:用例から、実際の文面読みあげ行為に限定されず、引用/CITATION・詩文・訓辞など文辞の聴者にむけた無文面口述(暗誦)は念といえる 対して、一般会話の発話は念といえない

「腔(・~ㄦ)」QIANG1
・発話の語調、楽曲の調子(新華2)
― 解釈:動物の体空をあらわす腔が、引伸義でイントネーション、ストレスパタン、トーン、なまりなど語調、ひろく発声音のリズム要素やその他の言語音的雰囲気、また歌唱のメロディをさす

「賦」FU4
・古典文学での文体の1(新華2)
・念詩するまたは作詩する(新華3)/RECITE OR COMPOSE POETRY
― 用例:詩を賦す

「文」WEN2
・字(新華3)/LETTER
・字のならびによる意味のまとまった一篇(新華4)/WRITTEN SENTENCE(文面・書面)
― 典故:『経典釈文 – 尚書音義上』(C.~6TH_E)「書者文字、契者刻木」
― 典故の解釈:書は字をかきつける(文が動詞)、契は木を刻むとよみ、刻んだ木片の側面に字をかきつける行為が文の原義であるとする
― 考察:文は字の文様(パタン)をさす 中国語の「文」は、音声言語のまとまりを字の文様の配列で記録した書記結果/GRAPHS・SCRIPTSをさし、その言語自身であるSENTENCE(中国語で句*5)を直接ささないという日中での語義の違いがある 文様・文身のように、記された視覚パタンが中国語での「文」である
― 「語文」は一般に語言文字の略であり、話す言葉と書く文字の総合をしめす 言語/LANGUAGEをあらわすものは、対して「語言」となる

「詞」CI2
・文中で自由に独立運用できる最小言語単位(新華1)/WORD(語)
― 詞は単純詞と合成詞・縮合詞からなる*6
・言語、とくに組織的な言語または文(新華2)/SCRIPT, ADDRESS(=辞4)
― 用例:歌詞・演講詞(講話への原稿文のこと)

「辞」CI2
・言語、とくに組織的な言語または文(新華4)/SCRIPT, ADDRESS
― 用例:訓辞(教え諭し説明する文辞のこと)
・古典文学での体裁の1(辞賦とも)(新華5)

「諺語」YAN4
・古来伝承の通俗話からの固定語句(新華1) /PROVERB(ことわざ)

「節」JIE2
・音調の高低緩急でつくられる分節区切りであり、リズム(中国語で節奏・節拍など)を構成する(新華2-7) /SEGMENT(分節)
― 解釈:「音調」は、楽器音または音声におけるメロディ・イントネーション・トーン・ストレスパタン・維持区間の推移をさす 調子と表現されることがおおい 下の「調」条を参照
― 日本では、音の高低軽重緩急でつくられる分節と、その集合的な配列からなる楽曲・口述の全体と、についてまとめて「節(ふし)」とつかう

「楽」YUE4
・音楽(新華2-1)/MUSIC

4、用語補足説明
以下、新華字典から引用した注解(字義説明を「注解」とする出処は『新華字典12版 – 凡例2』)やその解釈にもちいた中国語関連用語(特に韻・律・調・声調・重音・語調・腔調)の不明瞭部分について、『OALD』・『現代漢語詞典』などを用いて補助的に説明する さらに追加的に、音声の物理的側面、音楽理論*7との接続を重視した解釈とそれを拡張した考察をつけた また「トーン」「ストレスパタン」「イントネーション」については、日本語関連用語の整理と再構成を検討するための試定義をまとめ、プロソディまわり(含「調」)のターミノロジ系統について、時間をかけてすっきりさせていきたいとかんがえている

「同韻語」「韻文(短詩様式)」
/RHYME 『OALD』参照
― 同韻語はRHYMING-WORDとも またライム/RHYMEを詩⽂内の部分(EG.行・句/LINE、スタンザ・連/STANZA)末へリズミカルに配置したものを脚韻・句尾押韻という また篇内部分末にないリズミカルなライム分配には、頭韻や同韻修飾(EG.平仄つき母音による畳韻、子音による双声)の例がある 同韻語の使用は下の「韻律」の1要素である

「節奏・節拍・韻律・律動・節律」
/RHYTHM 『OALD』参照
― 様々な言語要素がつくりだすタイミングや強弱の推移が躍動的・拍動的であること またそれらがリズム/RHYTHMのある分節配列をつくりだすこと 時間軸における音のきまり/FORMAT&REGULATION(格式と規則、=律)・パタン/PATTERN(~模様・定型・繰り返し等をさす)や、その他ひろく言語要素の配列規則性をさす

「韻律」
/PROSODY PROSODYは詩文における言語音とリズムのパタンおよびこれらについての学術分野をさす また、音声学上のPROSODYは個別発話言語音/INDIVIDUAL SPEECH SOUNDに対立した言語要素部分としてのストレスパタンとイントネーションとをさす ここまで『OALD』参照
― 「言語学上の韻律」は、一般に『OALD』の後者語義とはことなり、言語要素としての「個別言語音」も不可分に考慮した総合的な音声言語のリズム構成と、また広く言語要素の文内配列構成パタンによるリズム形成と、を対象にしている*8
― PROSODY/プロソディ論は、西洋詩学上ではライム論と分けてあつかわれるため日本語でのプロソディもライム要素を直接にはふくまないとする したがってここでまとめる内容をかんがえると、『OALD』の対訳とはことなり「韻律」を直接にはPROSODY・プロソディの対訳とせず、議論において韻律のさす広義狭義の範囲を都度確認することが必要となる(中国語の「韻律」は下のとおりPROSODY(含METER)・RHYMEの全体にかかるFORMAT&REGULATIONをさし日本語の「韻律」は通用的にこれを借用しているとみる)
― 「西洋詩学上・文芸論上の韻律*9」は詩学 – プロソディ論におけるプロソディ*10をさし、ライム要素をふくまず、特に文中の歩格/METERの構造における言語音的なリズム要素を考究対象とする 西洋詩が対象であれば、リズム構成をつくりだす行内詩脚/FOOT数・注目分節内のストレスパタンの類型と効果の相異/VARIATIONに関する考察を特にさす
― 「漢詩学上の韻律」は、(1)詩歌のリズム構成をつくりだす格式(字数・歩数と連構成・句法の類型であり歩格とスタンザの類型論に略対応)、(2)ライム(脚韻法など押韻の規則)、(3)平仄配列と対仗(中国近体詩における句中・句間の平仄配列規則と文法構成をそろえた対句法による首内リズム構成でありこの部分が「詩学 – プロソディ論におけるプロソディ」の意味範囲に略対応)、の3要素についてのきまり(律)をさす(中国近体詩の規則全体である「格律」のうちの1部分が「韻律」である) この様に西洋詩学上の韻律と漢詩学上の韻律では韻律部分の通用語義の範囲がことなっているため、前者は積極的にプロソディと言いかえたほうがいい

「旋律」
/MELODY 『OALD』参照
― 旋はとどまらずめぐること 十二律をめぐって進行する音符の高低推移がメロディ/MELODYをさす「旋律」である 『辞海』では「曲調」とも同義で使われるとある
― メロディをさしうる旋律・調子(音調とも)・曲調それぞれのニュアンスは各辞書にてあいまいで、たとえば芸術的メロディ・素朴なメロディおよびその雰囲気・楽曲全体の雰囲気とにそれぞれ対応させているようだ

「調」
/ADJUST・ADAPT 『OALD』参照
― 調(・~子)は周波数軸・時間軸ともに変化の微調適合/FINE ADJUSTMENT FOR FITTINGをさしている(EG.調子はずれ、調子をそろえる、歩調をあわせる) また引伸義として、区間全体の雰囲気・態度・気分をさす(EG.六段の調べ、口調、哀調、体調)
― 関連して、調律は楽器のピッチを正しく調整しておくチューニングのこと また調性/KEY(=TONALITY)は曲篇/PIECEがスケール内の音符により特定の雰囲気をもつこと これらは、スケールからうまれる主音/TONICや和音/CHORD群などの音楽要素から長調/MAJOR MODE KEY・短調/MINOR MODE KEYなどの全体雰囲気をもった調性がうまれるとの理論による
― 音声言語音から「調」をのぞいた言語要素部分が「声韻(声母と韻母の組)」であるとの記法簡便化上の特例(言語音が声・韻・調からなり互いに独立とみなす1次近似のこと)をみとめれば「声韻」は上の『OALD』所載の「個別言語音」に対応する しかし実際の考察ではこのような独立要素と扱えない場合がおおい
― 中国語での声調・腔調・語調・句調・口調は、発話文中の対象分節の長さによらずそれぞれを適用でき、各ニュアンスは用例によりあいまいである たとえば声調は声門によるメロディアス(旋律的に認知される)な言語音の推移特徴をさし、腔調は横隔膜によるリズミカル(韻律的)な言語音の偏差特徴をさし、語調(=句調・口調とみなす)は全体雰囲気(EG.陳述・祈使・感嘆・疑問・反問など文義弁別、文修飾としてあたえる雰囲気、その他に発話時の態度表示・情動修飾・なまりなど)とその流れをさすとおよそ使いわけているようだ
― 新華字典でつかわれる「音調」は『OALD』には直接のっていないが「調子」と同義として通用している語であり、音高(ピッチ)・声調・腔調・語調・その他発話リズム構成要素と、音楽メロディとの、すべてまたは部分を都度さしうる

「声調」
/TONE (IN PHONETICS) 『OALD』参照
― 中国語の「声調」の英訳は『OALD』所載語に限られない たとえば欧米言語学入門書にあるSTRESS PATTERN、INTONATIONの義としても中国語では「声調」としての使用が常見される
― TONEは「語気」が原義にちかい*11 トーン/TONE・トーンパタン/WORD LEVEL TONE CONTOUR・トーンパタン分類/~ASSIGNMENTのすべてをトーン/TONEとまとめるのが学史的には一般的である
― 語のうち単純詞の対立語彙弁別要素につかわれる「トーン」は、一般語としては態度・音色・中間調などをさすが、音声学・言語学上トーン(*12-14)として、発話文の単純詞内ピッチ推移/PITCH TRANSITIONに対する、数段階程度解像度での曲線的心理指標、および語彙弁別のための分類割り当てとしてしばしば定義されている ここで「語」は簡単に語彙をなす分節であって、かつ、中国語文法*15にあてはめるなら単純詞(原則1形態素の構成による語)と合成詞・縮合詞とからなるものとした
― また、文における単純詞より大構造の分節文に対して付加的に係るトーン・ストレスパタン類似の現象(EG.対立文義弁別要素(グローバルトーン・グローバルストレスパタンとみなせる、これらはここでの試定義に従うとイントネーションで代表でき調子と対訳できることになる)、ピッチ・強度・維持区間の付加的な抑揚による文全体の雰囲気変調)は、注目分節でのイントネーションに属させることが一般的である
― 学術的にトーン言語でないと分類される言語については、トーン機能がなくストレスパタンとイントネーションのみで言語リズムの議論ができると扱っている(このときストレスパタンはやはりピッチ推移にもつよく依存している) この意味でトーンとストレスパタンは同一分節内にて重複できるものとみなしてもよい
― トーン言語たとえば中国語の詩歌においても、詩学的には歩格/METERが西洋史同様に定義され詩脚を数えられる(*16-17)ことからも、トーンとストレスパタンは共存できる(別視点からの独立な抽出言語要素である)とみなしてもよい
― 物理指標であるピッチ推移は心理指標であるトーンにおもに対応し、物理指標である音波強度推移は心理指標であるストレスパタンにおもに対応する、と1次近似的にあつかわれることが多いが、分析すれば、ピッチ・スペクトラム構造・音声音波の強度(音圧パワ値)/INTENSITY・調音による個別言語音・維持区間の各々の推移を総合したものに対する、心理指標としての高低軽重緩急についての様々な要素のうちの2つであり個々人の認知のクセにおおきく依存しているが、共通言語としての約束におよそしたがって運用されているものであるとわかる
― このように、発話文中のピッチ推移のみから、対立語彙弁別要素としての単純詞内トーンパタン分類を正しく機械推測することは、時系列ピッチ周波数値とトーンとの1対1対応がとれない場合が多く、一般に困難な課題である(*18-20) 同じく心理指標であるストレスパタンの分析も「重みづけ」に対する認知の定義と心理学的測定について困難な課題であり、発話文中の音波強度推移のみでは議論ができない
― ここでのトーン・ストレスパタンの試定義の第1として、「言語学上トーンは、語のうち単純詞を表す分節において「語気による語彙弁別につかわれる言語要素」として抽出される時間的パタンをさす」とした 特にトーンは、発話文中の単純詞より大きい構造によっても互いにそれら分節内の言語要素を変調・規則対応しあいうる また、「言語学上ストレスパタンは、語のうち単純詞を表す分節において語義修飾・強調・リズム構成などの重みづけによって「リズムを構成する言語要素」として抽出される時間的パタンをさす」とした 単純詞をさす微視的な分節がトーンやストレスパタンを重複的に含むことができ、このような分節の時間的配列がストレスパタンの延長配列からつくられるリズム要素、たとえば詩脚(リズム分節)やイントネーション(注目分節における雰囲気推移)を構成すると考えることができる つまり詩脚はストレスパタンにより形成される分節であり、イントネーションは比較的おおきな注目分節におけるストレスパタンそのものまたはその雰囲気推移となる

「語調」
/INTONATION 『OALD』参照
― 上と同じく、中国語としての「語調」の英語訳は『OALD』所載語に限られない たとえばTONE・STRESS PATTERNも語調の対訳である
― ここでの言語学上イントネーション/INTONATIONの試定義は、上のストレスパタンの試定義からみちびかれるものとした
― 別の第2の試定義系統として、学史や通用語との接続がわるいが、ピッチ・強度・維持区間などの物理指標を変調して「語気」をあらわす言語要素は「分節の長短によらず」すべてをイントネーション(語気分配、その要素である語気)とみなし、一部言語において単純詞を表す分節部分にかかっているイントネーションから抽出できる語義弁別機能としての言語要素部分を特にトーン(語気による語彙弁別機能)と称することを選びうる このとき、様々な水準の分節部分にかかっているイントネーションから抽出できるリズム形成機能としての言語要素部分を、上のトーンと重複できる部分としてストレスパタン(重音パタン)と称することになる 以後、この第2の試定義を個人的な当面の学術語義に採用して運用是非をたしかめていきたい

「口音・腔調」
/ACCENT『OALD』参照
― 上と同じく、中国語の腔調の英語訳は『OALD』所載語に限られない たとえばSTRESS PATTERN・INTONATIONも腔調の対訳になりうる
― ACCENTは『OALD』にて語義項順に、1地域的階級的な音声なまり(EG.京腔は北京話腔調つまり北京なまり)、2強調部分/EMPHASIS、3ストレスパタン、4ダイアクリティカルマーク、をさす
― 日本語における「アクセント」は、英語ACCENTから発生して語義としても同義とみなすことができ、派生した「日本語学上アクセント」に関連した考察(*10,14,21-23)にて、さまざまにその特性がしらべられてきた トーン・イントネーション・ストレスパタンの試定義などここでの考究を発展させ、日本語学上アクセントとして把握されてきた様々な現象やその他の言語要素についても、新たなパースペクティブでのパラメータ解析や系統的把握・書記符号化・訓詁・祖型再構などにつながることを期待する

5、コメント
80年代後半の第2次AIブームのころ、名大板倉研(音声工学)では博士後期課程の李さんがニューラルネットで中国語の声調認識を研究しており、筆者はそのコードをもらって「スペクトログラム実部入力による主ピッチ抽出とピッチ有無判断」に学部生としてとりくんだ経緯がある 未解決の積み残し課題として、主ピッチ推移の形成処理と、インテンシティ推移(含デュレーション情報)の形成処理と、四声弁別の前処理としての内的なトーン推移形成処理と、そのトーン推移をフレーズや有文脈文の中でどう分節して各部を四声にアサインするかの内的な弁別処理と、これらの処理をどのように機械で模擬実現していくかとの課題について、言語リズムなどを誘発する内的な音響対応ストレスパタン形成処理の解明・模擬の課題とあわせて、あらためてみなおしていきたい

参照
1中国社会科学院『新华字典(双色本)』(12ED、商务印书馆2020)
2商務印書館&英オクスフォード大『OXFORD ADVANCED LEARNER’S ENGLISH-CHINESE DICTIONARY』(7ED-3RD、2009)
3中国社会科学院『现代汉语词典』(7ED、商务印书馆2016)
4荻野『「詩言志」論の研究』(早大博論2011、リンク内にPDF2MB: https://ci.nii.ac.jp/naid/500000558846
5中华人民共和国国家标准『标点符号用法 GB/T 15834-1995』(政府外発1995)
6『实用现代汉语语法(増订本)』(商务印书馆2001)
7Kostka, S. et al.. Tonal Harmony. 5th ed., McGrawHill, 2004.
8吉田他『音楽リズムと音声リズムの共通性についての基礎検討』(名古屋文理大学紀要2012、リンク内にPDF1MB: https://www.jstage.jst.go.jp/article/nbukiyou/12/0/12_KJ00008385999/_article/-char/ja
9高山『音節構造と字余り論』(九大国文学会2003)
10Turco, L.. The book of forms ― A handbook of poetics. Third ed., univ. press of New England, 2000.
11McCawley,D.L.『The concept of tone: definition and classification』(UIllinoi Thesis, 1972)
12Akmajian, A.(アリゾナ大)他『Linguistics』(5 ed., MIT Press. 2001)
13McCawley,J.D.『What is a tone language?』(Academic Press1978)
14Hyman『How (not) to do phonological typology: the case of pitch-accent』(Language Sciences2009)
15輿水P(東京外大)『中国語の語法の話』(光生館1985)
16Fuller, M.A.. An introduction to literary Chinese. revised ed., Harvard U. Asia center, 2004.
17吴丈蜀『读诗常识』(上海古籍出版社1981)
18荘『標準中国語の単音節語の四声の音響的特徴』(音響学会1975、リンク先にPDF2MBあり: https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasj/31/6/31_KJ00001454105/_article/-char/ja/
19梶茂樹『世界の声調言語・アクセント言語』(音声言語2001、リンク先にPDF3MBあり: https://www.jstage.jst.go.jp/article/onseikenkyu/5/1/5_KJ00007631047/_article/-char/ja/
20Michaud, D.. Tonegenesis. Linguistics, 2020. (ACCESSED 2023-09-22: https://oxfordre.com/linguistics/display/10.1093/acrefore/9780199384655.001.0001/acrefore-9780199384655-e-748, PDF2MB AT: https://shs.hal.science/halshs-02519305)
21McCawley,J.D.『The accentual system of standard Japanese』(MIT Thesis, 1965)
22木部暢子P(鹿児大)『日本語学大辞典 – 「アクセント」条』(東京堂2018、P7-11)
23深澤俊昭『日本語のアクセント観―その抽象度―』 (神奈川大語学研究1981)

(変更 2024-04-26)

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