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語「音韻」について

語「音韻」は、第1義である「発話された音声/VOICE(≙声道音/VOCAL TRACT SOUND)の、言語音としての物理的ひびき/LINGUISTIC ACOUSTIC TIMBRE」として日中で一般に使われている*1 このうち「韻」は「韻文」「那智滝の韻(ひび)き」「竹韻(竹林が風にそよぐ様子全般)」「冬韻/WINTER RHYME(冬への感覚全般、とくに景観)」「飛鳥仏の神韻(神々しい権威の発揮)」「唐朝的韵味/唐代の風味・趣・余韻(鑑賞・思慕の対象現象)」の様に、物体・現象がもつ和諧作用による情動効果・審美的印象効果につかわれる語である また中国では、発話音声の言葉のひびきのほかに鉄観音茶の果実香味ににた独特な喉ごしをさす語でもある(武夷岩茶なら「岩韻」など、滋味と咽喉が和諧する感覚認知効果としての味嗅覚的ひびき「喉韻」のバラエティをさす*10)

诉说五千年文明的韵味与传承』(人民網2023)

これに対し、言語学 – PHONOLOGYの分野では、文学・日本語学(国語学)・国学・言語学・音声学の学環における歴史的経緯もふまえ、「言語学上音韻」とも言い換えできる語義にて、「発話音声の言語音としての物理的ひびき」との第1義から引伸された学術用語「音韻」と、PHONOLOGYの訳語としての「音韻論」(「PHONO-」は科学において音響波/ACOUSTIC WAVE=機械振動波をさす)と、が使われている(*2-3)

ひろく音声の物理的ひびき、また別にひろく言語音の発声/UTTERANCEに関連する諸現象から抽出/DETECT・模擬/SIMULATEできる言語要素において、アルファベット水準の物理的な言語音分節単位に対応するPHONEの分類論に追加して、「構造主義的な自然言語要素」の1であるPHONEME(=物理的な発話音声になんらかの関連づけが可能である心理的・抽象原理的な言語分節単位である心理音素、内心的な神経言語的認知/NEUROLINGUISTIC COGNITIONの指標/INDICATORとも仮設定できる)をたてて考察することが、19世紀晩期から言語学 – PHONOLOGYの近代手法として導入された

これにより、旧来の物理的なPHONEの解析や分類論のみでは解けなかった音声言語の学術課題(EG. 特定条件下での言語的相異/VARIATION・変化/CHANGEといった分類越境や系統変化、未知推測をふくむ現象解析、言語生成原理の究明など)に対して、言語音の分配・構成を決める組織原理面や、言語音に制約されない言語構成原理面からの拡張的・効果的な対応ができるようになってきた

黎明期のPHONOLOGYにおけるPHONEMEの訳出には、当初から様々な議論があった(*4-5) 特に語「(言語学上)音韻」は、上のPHONEMEの対訳だけでなくSYLLABLE単位をさしたり、音声言語における言語要素全体/PHONOLOGICAL MATTERをも同時にさしたり、調子(声調)を音韻に含めない(記法としての声・韻・調の3従属要素群から調子部分をはぶいた「声韻」を指している)などその抽象的または具体的な一部分を限定してさしたりと、語義が学術的にまとまらない経緯がつづいてきた またPHONEME・PHONEのそれぞれの訳出を、現在通用の音素・音価以外にも文法学声価・声音学声価としたり*5、また現在中国語ではそれぞれを音位(音素と訳されることと半々)・音子と訳出する例もある

いまなお、PHONOLOGY/音韻論、PHONEME/音素、PHONE/音価、とあてている日本語対訳の妥当性、および語「音韻」の語義・扱いについては、初学者・非当事者にとっても、抽象指標と物理現象との詳細関係がつかめない、(学派として)PHONEMEをPHONEの別水準分類と扱うのみ(EG.別解像度であらわす物理現象としての粗分類/BROAD DESCRIPTIONを単にさしPHONEの定義と本質的に同じと扱う用例が多い、またPHONEの局所的・機会的な分類相異や複数PHONE分類の物理現象上グルーピングをさすだけにもちいる)であってPHONEME・PHONOLOGYを学術提案本来である心理的・抽象原理的な音声言語要素として扱っておらず音声学の話題に終始する用例が多い、また学術語の国内移行学史(語義のすり合わせや改変)の事情が整理されておらずよくわからない、など肝心な部分が不明瞭で、かつ時代的・属人的にも大きく揺らぎがあり、議論上の誤解・発散を誘引しやすいとの課題が根深く存在している(*6-7)

また「音韻」に相当する外国語としての語・フレーズは、英語圏では言語学の副分野としての「PHONOLOGY」と、音声言語現象から抽出できる各種言語要素をまとめた上位概念を指す「PHONOLOGICAL~」と、においてもっぱら現れ、学術的個別概念の語・フレーズとしての「(言語学上)音韻」の対応語句をつかわず、例えば単に言語音/SOUNDと表してすむ場合が大半であること(語「音韻」が不要なのに未定義で乱発)もこの課題の深刻さを加勢している*8

これら課題を多少とも是正することを期待して、以下の既出学説の組を規範として選びだし、その一部には工夫を加えて、記事・話題におけるガイドラインを制作した:
●PHONEMEの訳は単に「音素」でよいが、明示的に「心理音素」と言い換えても語義がかわらないものと扱い、このPHONEMEの語義に限定した小分節単位への訳語にあてる「音韻」は今後の議論につかわない、もしくは確認する(PHONEME・PHONEとも「音韻」に含まれる要素部分的側面であるとの立場をとる*9) また、PHONEの訳は「音価」でよいが、PHONEMEの対向概念とわかりやすいように「物理音素」と同義にて言い換えてもよい
●語「音韻」の使用を以下の条件のいずれかに制限することで、議論上の混乱・遅滞を積極回避する:
― 発話された音声の、言語音としての物理的ひびきとの第1義でつかう「音韻」
― 物理音素・心理音素・非分節言語要素・プロソディ要素・言語化コンセプト始源要素・実言語変換構成機序要素・発声運動要素など、音声言語に関連する諸現象から抽出できる各種の物理的・心理的言語要素をまとめた上位概念である「音韻」(~PHONOLOGICAL MATTER、本来的には中国語訳にあらわれる「音系/LINGUISTIC SOUND SYSTEM(英文は試訳)」など、旧来常用語とは距離をおいた専門語をあてたほうがよかった)、またそれを対象にする言語学の副分野としての「音韻論/PHONOLOGY」(同じく言語学における「音系論」などの専門語がよかった)
― 古代書面語において、各時代における誦読言語音やその相異・分配状況・通時変化(脱落・縮約・転換・簡易化・明瞭化など、言語系統での音価・音素マッピング変化やその他の孤立変化)を推測するなど、各時代に地域で共有された言語音系統(中国語で音韻系統)を、音価・音素などの言語要素をつかって、韻文や言語音海外翻訳文、また近代手法などから科学的に研究する「(歴史)音韻学(=歴史言語音学)」(=HISTORICAL PHONOLOGY)
― 語「音韻」をつかうとき、これを「(LINGUISTIC)SOUND」(言語音における言語要素のうち個別発話言語音/INDIVIDUAL SPEECH SOUND部分の言語要素をもっぱらさしてプロソディ/PROSODY部分の言語要素を軽視する場合も含む)と言い換えても文脈が自然なら、誤解を避けるためにつとめて「言語音/SOUND」に言い換える 同様に、これを「PHONOLOGICAL MATTER」と対訳しても自然なら「音韻」をつかう これらのどちらでもなければ「音韻」それ自身について述べていないと一次判断することにして、別の適語をさがしてみる

参照
1李思敬(慶谷寿信・佐藤進訳注)『音韻のはなし』(光生館1987、訳注に定評、初版正誤表、大学図書館でみつかる、原著はコンパクト書の『音韵』「汉语知识丛书」シリーズ、商务印书馆1985(重印版2001、ISBN978-7100030489))
2風間他『言語学第2版』(東大出版会2004)
3商務印書館&英オクスフォード大『OXFORD ADVANCED LEARNER’S ENGLISH-CHINESE DICTIONARY』(7ED-3RD、2009)
4金田一京助『国語音韻論』(1931)
5松下大三郎『標準日本文法』(紀元社1924)
6高山倫明EP(九大)『日本語学大辞典 – 「音韻史」条 – 概念項』(東京堂2018、P91)
7阿久津『音韻と日本語学習』(拓殖大逐刊2018、リンク先機関リポジトリにPDF1MB:https://cir.nii.ac.jp/crid/1050564289020369792
8Pinker『Harvard’s Steven Pinker: how we speak reveals what we think』(BIGTHINK誌2012、文字起こしつき本人出演ビデオ50分:https://bigthink.com/videos/how-we-speak-reveals-how-we-think-with-steven-pinker/
9Akmajian, A. et al.. Linguistics. 5 ed., MIT Press. 2001.
10阮『中国茶芸』(山東科学技術出版社)

(変更 2024-04-09)

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