中国

李白 – 蜀道難

1、目的
語学と漢詩の初学者学習のため、李白の詩歌を題材に現在中国語での朗誦音声データと、朗誦を聞きながら目で追い音をおぼえて誦読するためのピンインと、のよい組、および訓釈の例などメモをのこす(メモのシリーズ目録:『漢詩の杜』https://t4h2.com/kanshi/

2、朗誦音声データ
下記ピンインと、学習中の語学テキスト『汉语听力速成. 入门篇』(2版、北京語言大学出版2011)での言語音(中国語で語音)と、朗誦の音声と、が合っているものを選んだ:
白云出岫『唐诗三百首074_卷四_蜀道难_李白』(男声、喜马拉雅2’48”、参照 2024-03-08、https://www.ximalaya.com/sound/3666493

3、簡化字本文+ピンイン

shǔdàonán

 , wēigāozāi !

shǔdàozhīnán , nánshàngqīngtiān !

cáncóng , kāiguómángrán !

ěrláiwànqiānsuì , qínsàitōngrényān 。

西dāngtàibáiyǒuniǎodào , héngjuééméidiān 。

bēngshāncuīzhuàngshì , ránhòutiānshízhànxiānggōulián 。

shàngyǒuliùlónghuízhīgāobiāo , xiàyǒuchōngzhézhīhuíchuān 。

huángzhīfēishàngdeguò , yuánnáochóupānyuán 。

qīngpánpán , bǎijiǔzhéyíngyánluán 。

ménshēnjǐngyǎngxié , shǒuyīngzuòchángtàn 。

wènjūn西yóushíhuán ? wèichányánpān 。

dànjiànbēiniǎoháo , xióngfēicóngràolínjiān 。

yòuwénguīyuè , chóukōngshān 。

shǔdàozhīnán , nánshàngqīngtiān , 使shǐréntīngdiāozhūyán !

liánfēngtiānyíngchǐ , sōngdàoguàjué 。

fēituānliúzhēngxuānhuī , pīngzhuǎnshíwànléi 。

xiǎn , jiēěryuǎndàozhīrénwéiláizāi !

jiànzhēngróngércuīwéi , dāngguān , wànkāi 。

suǒshǒuhuòfěiqīn , huàwéilángchái 。

zhāoměng , chángshé ; shǔnxuè , shārén 。

jǐnchéngsuīyún , zǎohuánjiā 。

shǔdàozhīnán , nánshàngqīngtiān , shēn西wàngchángjiē !

4、コメント
「雄飛従雌」を「雄飛雌従」と作る書があり古来大きく2説に分かれるとのこと
蜀(いまの四川)を~25歳で出てから幾所を放浪し、玄宗の命により742年秋に数え42歳で長安を再訪した李白を、権威の賀知章(84歳)がはじめて訪ねたときに、この詩を読んで「謫仙(蓬莱山の頂にある仙界からながされて来た、世に瑞兆をもたらす才人)」あらわる!と彼の評価を都にひろめた逸話がある(CF前野『唐詩鑑賞辞典』1998、孟『本事詩』C9TH_E、王『唐摭言』C~10TH_S) しかし生来の性格によりこの1年半の「皇帝侍文」奉仕をもって都仕えからは実質的に永久追放となってしまった
『蜀道難』がつくられたのは初出書(殷『河岳英霊集』C754)に記載の753年よりは前としか判明しないとのこと 賀知章がこれをよんで感嘆した(のち数年にて死去)との史学的根拠は~9C晩期の上記逸話集以外に出ないようだが、『蜀道難』をくりかえしよんでみると「蜀はこわいぞ はよ家かえれ(うれい&ためいき)」のあたりたしかにいい

5、おまけ
Pen and ink silent sound storage『蜀道難節選 李白』(YOUTUBE1’01”、参照 2023-05-09、https://youtu.be/go_T4qEx7h8) ― ダイジェストの教育用音楽アニメ(歌は少司命『蜀道难』より)

6、訓釈例
訓釈の「訓」は、斉『訓詁学概論』・段『説文解字注』より、物事のありさまを人に告げる説明/EXPLANATIONのことで「訓詁」における訓は古字古言の音義解釈を言語化して人に説明することをさす その方法の1は原文(~白文≜本文から注解をはぶいた部分、「注解」出典は(唐)孔『尚書正義 – 尚書序』に“佐成序義、明以注解故”)を別の詞語で易しく言い換えること、たとえば本文に逐次対応づけた部分解釈の注/ANNOTATIONを注文(注解文)として本文にあわせて文字記載しまとまった書面語にすること また「釈・解釈・解」/INTERPRETATIONは正当な理解/UNDERSTANDINGと鑑賞/APPRECIATIONのために対象を解き明かすことを一般にさす 対象となる詩文における字や詞語の解釈を本文にあわせた注文として書面語化し解釈の説明を実現した注解書(また注釈書)や、本文の全訳を書面語化し解釈の説明を実現した翻訳書や、これらの組(全注全訳書など)を、ここでの訓釈例としてあげた:
・松浦友久P(早大)編『続 校注 唐詩解釈辞典〔付〕歴代詩』(大修館2001、P2.592)
・前野直彬EP(東大)編『唐詩鑑賞辞典』(18版、東京堂1998、P179)
・武部利男P(立命大)『李白下』(中国詩人選集8、岩波1958、P2.23)
・钱志煕P(北京大)他『李白诗选(古代诗词典蔵本)』(商务印书馆2016、P25)

参照
王瑤著、吉田恵(同大)『李白』(三一書房1957)
・松浦『李白伝記論』(研文出版1994、P199-240)
・金文京P(京大)『李白 ― 漂泊の詩人 その夢と現実』(岩波2012)
・齐佩珞『国学入门丛书 训诂学概论』(中華書局2004)
・段玉裁『説文解字注 附索引』(芸文印書館1979)
(変更 2024-04-26)

末3行:「万历癸丑菊月既望书于阜晋斋 韩道亨」(C.1613) ― 故宫博物院蔵

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